刑事事件

酔っ払った状態で暴行事件を起こしてしまった場合の刑事弁護

弁護士事務所には、家族が酔っ払った勢いで暴行事件を起こしてしまい、警察に捕まってしまったという相談が舞い込むことがあります。
ご家族はもちろんのこと、ご本人は酔いが覚めたら警察に捕まっていたという状況になるわけで、これからどうすればいいのかとパニック状態になるでしょう。

果たして、記憶がなくなるほどに酔っていたことは刑罰に影響するのでしょうか?そして、暴力事件で逮捕された後はどのように対応していけばいいのでしょうか?

1.暴行事件の刑罰

暴行事件を起こした場合、相手がケガをしていなければ暴行罪、ケガをすれば傷害罪となります。

暴行罪(刑法208条)
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金または拘留若しくは科料に処する

傷害罪(刑法204条)
人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する

暴行罪と傷害罪の刑罰を比べると、相手にケガをさせると、罪が格段に重くなることが分かると思います。

傷害罪の怪我の内容には、打撲や捻挫のような軽いものから、失明・手足切断・半身不随・植物状態など、死亡以外のあらゆる重い結果が含まれているからです。

繁華街で酔ってケンカをし、一発殴り倒しただけでも、転倒した相手の頭の打ち所が悪く、このような重大な結果を招来してしまうケースは決して珍しくはありません。
たかが酒のうえでのケンカなどと軽く見るべきではないのです。

2.酔っぱらっていた場合の責任能力

ところで、酔っていたことは、犯罪の成否や罪の重さに、どのような影響を及ぼすでしょうか。

(1) 責任能力とは

人を処罰するには、その人に「責任能力」があることが必要です。
人間は、自由な意思のもとに行動することができるのだから、その自由な意思で犯罪を行うことを決めて、行動を起こしたことに対して、責任を問うということです。

責任能力があるかどうかは、「是非弁別能力」と「行動制御能力」があったかどうかによって、判断されます。

是非弁別能力とは、事物の理非善悪を分別する能力のことです。
行動制御能力とは、その分別に従って行動する能力のことです。

分かりやすく言うと、やっていいことと悪いことを判別できる能力と、やってはいけないことに対して、自分の行動をコントロールすることができる能力ということです。

例えば、精神障害を持つ人が心神喪失と判断されて無罪になるのは、この是非弁別能力と行動制御能力の一方、もしくは両方を欠くためです。

刑法第39条
1 心神喪失者の行為は、罰しない
2 心神耗弱者の行為は、その刑を減刑する

是非弁別能力と行動制御能力の一方もしくは両方を欠く状態のことを「心神喪失」、是非弁別能力と行動制御能力の一方もしくは両方が著しく衰えている状態のことを「心神耗弱」と言います。

心神喪失は無罪であり、心神耗弱は刑の減軽理由となります。

(2) 酩酊状態の場合の責任能力

では、酔っ払っているときには、責任能力は認められないのでしょうか?

アルコールで酔っている状態を酩酊状態といいます。酩酊状態は、次の内容、程度によって、次のように分類されます。

酩酊の3分類

裁判例の傾向

単純酩酊

 

  • 通常の「酔っ払った」状態
  • 酒量に応じて感情が不安定になったり、人柄が変わったりという現象(いわゆる泣き上戸や笑い上戸など)はある
  • 異常に興奮する、見当識を失う、異質な行動をとるなどはない

注)「見当識を失う」とは、現在の日時や自分の居場所などがわからなくなることです。

完全な責任能力がある

 

異常酩酊

複雑酩酊

  • 著しい興奮状態となり、それが長く続き、沈静と再燃を繰り返すことがある
  • 断片的ではあるが、おおよその記憶は残っている
  • しばしば情動的な犯罪や自殺につながる

心神耗弱が認められる傾向

病的酩酊

  • 意識障害、幻覚妄想症状
  • 見当識を失う
  • 周囲の状況を認知できない
  • 不可解な言動を繰り返す
  • 重大な犯罪につながることがある

心神喪失が認められる傾向

参考:
・厚生労働省サイト「酔い方の異常
・「講義刑法学・総論」井田良・有斐閣369頁
・「刑法総論講義(第5版)」前田雅英・東京大学出版会428頁

このように、単に酒に酔っていたというだけで責任能力が否定されて無罪となったり、罪が減軽されたりするものではありません。
朝になって酔いが覚めてから、夕べの暴力の記憶を失っているケースであっても、その暴力をふるっている時点で、是非を判断して、それにしたがって行動していたのであれば責任を問われるのです。

異常酩酊(複雑酩酊、病的酩酊)は「遺伝的な素因・アルコール依存症・脳挫傷や脳梗塞などの脳器質性障害・極度の疲労や衰弱状態」が原因です(※)。
※前記厚生労働省「酔い方の異常」より

では異常酩酊のケースでは、常に心神耗弱や心神喪失で、無罪となったり、刑が減軽されたりするのでしょうか?
実は、そうとも言い切れません。

例えば、遺伝的素質から、多量に飲酒すると病的酩酊に陥り、心神喪失の状態で他人に危害を加える危険のある素質を有する者が、自分の素質を自覚しているのに多量に飲酒して他人を傷害して死亡させたケースで、最高裁は過失致死罪を認めました(最高裁昭和26年1月17日判決)。

このような素質のある者は、飲酒をしないか制限して、危険の発生を未然に防止する義務があり、その義務を尽くさないことは過失にあたると判断したのです。

他人を傷害した時点では病的酩酊で責任能力はありませんが、酒を飲んでいる段階では、まだ酒をやめるべきかどうか判断し、飲まない・少しにするという行動もできるので責任を問えるというわけです(※)。
※ただし、このようなケースでも、暴行だけにとどまり、被害者がケガをしたり、死亡したりしていない場合は犯罪が成立しません。過失による暴行を処罰する法律はないからです。

(3) 責任能力を争うか否かは弁護士とよく相談する

上に説明したとおり、酔っぱらっていて記憶がないことを理由に責任能力を争うことはできません。現在は思い出せなくても、暴行行為をしていた当時の責任能力がなかったとは言えないからです。

責任能力の有無は、普段の人格、飲酒量、酩酊の度合い、普段の酒癖、精神病歴などの諸事情と合わせて、とりわけ暴行当時の行動が他者から見て不可解なものでなかったか否か、合理的な行動をとっていたか否かという観点から判断されます。

単に飲み過ぎて覚えていない、飲み過ぎてつい手が出た程度の話では、責任能力が問題視されることすらありません。

そもそも、捜査段階の被疑者が、「私は暴力行為をしていた当時、責任能力がありませんでした」と主張できるはずがありません。そんな認識があったのなら、責任能力を無くすほど酔っていません。

被疑者の責任能力に問題があったかどうかは、弁護士が被疑者の記憶に残っている限りの事情を聞き、飲酒の経過や酒量を調べ、暴力行為当時の様子を目撃者らから聞き、家族らから被疑者の普段の酒癖などを聞いたうえで判断するべきことです。

ただ、本格的に責任無能力を主張した場合、精神疾患の有無を鑑定するために病院に長期間留置されてしまうことがあります。これを鑑定留置といいます(刑訴法224条)。

結果的に何ヶ月も身柄を拘束される危険があるので、捜査段階から責任能力を本格的に争うかどうか、弁護士としても慎重な判断が必要です。

起訴されてしまい、裁判で責任能力を争う場合も、本格的に争えば、検察側、弁護側、双方が鑑定人を立てる鑑定合戦となって裁判が長期化してしまう危険もあります。

裁判所が選任した鑑定人による鑑定だけでも、数ヶ月かかります。
その間、被疑者とその家族には裁判が続く負担がかかりますから、そのようなデメリットも勘案して方針を決める必要があります。

そのため、責任能力を争うか否かは、弁護士と充分に話し合う必要があります。

3.示談交渉の重要性

責任能力の有無を争うか否かはともかく、暴行事件では、被害者がいるわけですから、被害者とは早急に示談交渉をするべきでしょう。

(1) 示談成立の効果

自分が覚えていないとしても、周囲の人の証言などから、自分が暴力を振るったことが明らかであるならば、これに対して謝罪するのは、道義上当然のことと言えます。

そして、法的な側面からも示談は重要です。
①検察官が、起訴にするか、罰金刑にするか、不起訴にするかを決める時と、②起訴された後に量刑を決めるときには、「情状」が重要になります。

被害者がいる犯罪の場合、被害者の処罰意思は重視されますから、被害者との間で示談が成立しているかどうかということは、もっとも重視されることです。

また、示談金の支払いは被害を回復したものと評価されるので、この観点からも重視されるのです。
つまり、謝罪及び示談によって、情状をよくしておくことで、不起訴や罰金刑ですむ場合もあります。

また、起訴されてしまい、裁判において責任能力ありと判断されてしまった場合でも、示談できていれば、量刑を決める際のよい情状として考慮され、執行猶予判決を得られる可能性が高くなるのです。

傷害事件ではなく、暴行事件にすぎない場合には、示談もまとまりやすいと言えます。
それでも、示談交渉をするには、早急に弁護士に依頼しましょう。

(2) 示談を弁護士に依頼するメリット

弁護士でなければ、そもそも、被害者の住所や連絡先を教えてもらえないことがほとんどです。仮に被害者の住所や連絡先を知っていたとしても、被害者は、加害者からの連絡を嫌がります。

特に、暴行や傷害事件の被害者は、怖い思いをしているわけですから、加害者本人からの連絡は嫌がる傾向が強いといえます。

また、そうでなくても、当事者同士では、感情的になったり、その事案ではどのくらい払うのが適当かという相場が分からなかったりして、示談がまとまらないということも多々あります。

示談金には、一般的な相場というものはなく、個々の案件ごとの事情(犯行に至るまでの経緯、暴行の状況・程度、被害者の被害感情の程度、加害者の経済力など)によって様々です。
個々の暴行事件で、どのくらいの示談金になるのかについては、弁護士に相談してみましょう。

4.まとめ

このように、酔っ払っていたからといって暴行事件の罪を免れるわけではありません。
事件を起こしてしまった際には、早急に被害者との示談を成立させて、不利益を最小限に抑える必要があります。

泉総合法律事務所は、暴力事件だけでなく、様々な刑事事件に関して解決実績が豊富な弁護士事務所です。刑事専任の弁護士もおりますので、安心してお任せいただけます。

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